• プロジェクトについて

    このプロジェクトは、人が 事実上、カメラそのものになるときに生じる、人と人との関係性、相互のインタラクションに注目した現象学的な実験です。Touchy(そのカメラデバイスを身につけた人のこと)は、誰かがその人の肌に触れる(タッチする)その瞬間まで、眼が見えない盲目状態に置かれています。Touchyは人に触れられることではじめてその視力を与えられ、写真を写すことができるようになるのです。このユニークな特徴を持つ人間カメラは、楽しいインタラクションによって社会的な不安を癒すことを目標にしています。

    社会的関心

    現代において人々は、他人と社会的な場を共有し繋がりを持つことを避け、それぞれが社会的な殻に閉じこもることが一般的になっています。インターネット、ソーシャルネットワークや携帯電話などのテクノロジーは、社会的な境界を曖昧にしたにもかかわらず、かえって人々から身体的なコミュニケーションを奪っています。それはある程度までゆくと、日本の「引きこもり」や「オタク」文化に見られるような社会的な不安感を生み出すことになります。Touchyはこうした現象を批判的に捉え、人間そのものが社会的なデバイスである「カメラ」になることで、その問題解決にあたることを提案します。Touchyプロジェクトは、カメラというものが記憶や大切な瞬間、喜びや感情、美しさなど、様々なことを分かち合うためのデバイスであることを踏まえ、そのようなデバイスがどれほどまでに社会生活をより良くすることができるかを探究するものでもあるのです。

    人間カメラ

    人間カメラというアイディアを実現するため、アーティストはカメラ機能を備えたヘルメット・デバイスを装着します。デバイスはカメラ機能を持つ一組のシャッターとインタラクティブなスクリーン機能で構成されています。シャッターはTouchyを眼の見えない状態にするために使われます。人が触れることではじめてそのシャッターは開き、タッチーの視界は開かれるのです。人との接触状態が10秒間続くと、正面のカメラはイメージを捉え、そのイメージは後ろのスクリーンに映し出されます。例えるならば、Touchyは、まるである社会的障害を持つ患者が経験するような感覚、つまり、完全な暗闇の中の檻に閉じ込められたような孤独に対峙することになるのです。触れる、というその気軽な行為が、他人に視界を与え写真を写させ、不安を癒し、私たちが普段使うカメラ以上の楽しいインタラクションをもたらすことになるのです。

    触れること

    Touchyは、ユーザーが身体と機械という両端からアフォーダンスを考慮する作業を必要とすることで、人間とカメラという二つの役割を担うことになります。Touchyを体験する中で最も驚くべきは、そのインタラクションが他人の肌に触れることの敷居を引き下げること、人に触れるという捉え方そのものを根源的に問い直すことができるということです。
    さらに、特定の瞬間、つまりスナップショットを撮る瞬間には、Touchyのシャッターが開かれ、その奥に隠されていた目で実際にアイコンタクトを交わす、というより高度な経験をすることさえできるのです。
    こうした一連のプロセスは、カメラの機械的な操作を超えて、心の触れ合い、つまり
    「眼は心の窓である」という表現そのものになってゆくのです。
    10秒間他人の眼を見続けることで、自分自身のポートレートを手に入れるだなんて、叙情的な皮肉でしょう?